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東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)16号 判決 1975年10月23日

原告

東京芝浦電気株式会社

右代表者

玉置敬三

右訴訟代理人弁護士

寒河江孝允

弁理士

鈴江武彦

外三名

被告

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

戸引正雄

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実<抄>

第一 当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が昭和四七年一〇月一七日同庁昭和四六年審判第九四一号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二 請求の原因

一、特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四〇年七月八日、特許庁に対し、名称を「気体レーザ放電装置」とする考案(以下「本願考案」という。)に関し実用新案登録出願をしたところ、昭和四五年一一月二〇日拒絶査定を受けたので、昭和四六年一月二一日、この査定に対し審判の請求をした。特許庁は、この審判事件について昭和四七年一〇月一七日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、昭和四八年二月一四日原告に送達された。

二、本願考案の要旨

レーザ作用を有し、大なる放電電力を必要とする気体が封入され、かつ、中間にベリリアからなる細管部を有する気密容器と、前記細管部の周囲を覆い、内部を冷却媒体が移動する筒体と、前記細管部内に放電を発生するために、前記細管部をはさんで前記気密容器内に配置される陽極および陰極と、前記細管部をはさんで前記気密容器の内部または外部に対向配置される一対の反射鏡からなる共振器とを具備した気体レーザ放電装置。

三、審決理由の要点

本願考案の要旨は前項記載のとおりである。

「Hans Bomke 著 Vakuumspektro-skopie第一一八ページ」(以下「第一引用例」という。)、には、放電ガスを気密封入した硬質ガラスまたは石英の細管と、この細管と同心状に配置され細管の周囲に冷却媒体を流すための筒体と、細管内に放電を生じさせるための一対の電極とより成るガス放電装置が示されており、昭和三六年四月一五日社団法人原子力金属懇話会発行「ベリリウム」第四八ページ(以下「第二引用例」という。)には、酸化ベリリウムが高い電気絶縁性および良好な熱伝導性を有していることと、酸化ベリリウムの用途が示されている。

これに対し、請求人は、その審判請求書において、(1)内部共振型レーザ装置、内外二重筒体から成り内外筒体間に冷却媒体を流通させて内管を冷却すること、酸化ベリリウムが有する特性および用途がそれぞれ公知であつても、それらは、本願の考案の一構成要素をなすものにすぎず、本願の考案のように一体として構成した点は新規であり、(2)本願の考案のレーザ放電装置は、出力が増大し、長寿命であり、管内ガス圧の低下が少ないという作用効果を奏するものである旨主張している。

そこで、まず、本願考案と第一引用例に示されたものとを比較すると、放電ガスを気密封入した細管と同心状に筒体を配置して細管の周囲に冷却媒体を流し、細管を強制冷却させるように構成した点で両者は共通しており、第一引用例に示されたものはガス放電装置であるのに対し、本願考案は気体レーザ放電装置である点、および本願考案は前記細管の材料に酸化ベリリウムを採用した点で一応の相違が認められる。

しかし、内部共振型レーザ装置は従来より周知であり、また、酸化ベリリウムの熱伝導性、耐熱性、絶縁性などの特性、およびその特性により電子管の絶縁材料として適することが第二引用例に示されているように従来より公知であるから、本願考案は、周知のレーザ装置に公知の材料を転用したものにとどまり、酸化ベリリウムの一利用態様にすぎないものと認められるから、前記主張(1)は失当である。

また、酸化ベリリウムは、良好な熱伝導率を有しているから、これを用いると冷却効果が改善されることは明らかであり、前記主張(2)で述べている程度のことは、酸化ベリリウムを用いたことによつて生じる単なる作用効果の追認にすぎない。

したがつて、本願考案は、その出願前頒布されたことが明らかな前記各引用例の記載に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものであるから、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができない。

四、審決を取消すべき事由

本件審決は、左の事由により違法であり、取消しを免れない。

(一) 第二引用例には酸化ベリリウムがパワーチユーブ、クライストロンチユーブの絶縁材料として適することが記載されているにすぎない。当時の技術水準としては、本願考案のごときガスレーザ放電装置の放電管部の材料として酸化ベリリウムを用いることは技術的に困難であるとされていた。審決が本願考案をもつて第二引用例に示された公知の材料を単に転用したものとしたのは、引用例および当時の技術水準の認定を誤つた違法がある。<中略>

(二) 審決は、本願考案の有する顕著な作用効果を看過し、その結果、本願考案をもつて単なる材料の転用にすぎないと誤認した違法がある。

審決が看過した本願考案の顕著な作用効果の原因は、クリーンアツプおよびパウダリングを減少し、かつ、放電管管体を肉厚にすることができたため、イオン衝撃に抗しうる強度を保有することができたことにある。本願考案の作用効果を詳説すれば、次のとおりである。

1 レーザ出力を飛躍的に増大することができたこと

レーザ出力は、放電管部における放電電流によつて左右されるが、石英ガラス管を用いたレーザ装置では放電管部を肉薄にせざるをえないので機械的強度の限界から放電電流を充分大きくとることができず、レーザ出力にも限界があり実用性がなかつた。これに対し、本願考案のような酸化ベリリウムを用いたレーザ装置では、放熱効果が大きいので、管を肉厚とし全体として太くできるため、電子やイオンの衝撃に対しても充分な強度を有していること、変形が少ないこと、パウダリングが少いことなどの理由により、放電電流を大きくできるので、この結果レーザ出力も飛躍的に増大することができた。これは、単なる材料の転用の範囲を越えたものである。

2 レーザ装置の寿命が長期化されたこと

レーザ装置の寿命を決定する要因には各種のものがあるが、石英ガラスを用いたレーザ装置では、主として放電管部の寿命で決定されている。すなわち、局部的に加熱されるという熱的な原因に加えて、イオンや電子の衝突により、管壁が侵触される等の原因により破損して使用不能に至るものであつた。

これに対し、本願考案のような酸化ベリリウムを用いたレーザ装置では、寿命は放電管部についてはもはや半永久的となり、陰極等の性能劣化により左右されるまでに改善された。

3 ガスのクリーンアップが少くガス圧の低下が少いこと石英ガラスを用いた装置では、放電気体の管壁に対する吸着によるクリーンアツプが甚しく、管内のガス圧が低下し短時間にガスを補充しなければならない不便があつた。これに対して、本願考案に基づくレーザ装置ではクリーンアツプの量はきわめて少いことが確認された。

それは、レーザ放電装置における独特の効果であり、酸化ベリリウムの性質としては予測されないものであつた。

このような効果が得られる理由は、酸化ベリリウムを管体として用い、その周面全体を直接強制冷却媒体と接触しうる構造とした結果、冷却が充分になされ、レーザ装置の正規な作動状態において放電管内壁の温度を一〇〇(℃)以下と予想外に低くできたことと、そのため放電管内の封入ガスの圧力を高くすること、したがつて封入ガスの量を多くすることができたことである。

4 放電管部の侵触による光学系の汚れが少ないこと

5 外径を内径に比して大きくできたので、放電管部の振動や冷却水の沸とう等を避けることができたこと

6 なお、本願考案は、以上述べた各種の著しい効果の他に、細管部に酸化ベリリウムを用いたことにより、レーザ光通過窓以外の放電管部管壁から不要光が漏れるのを防止できるというレーザ装置特有の効果がある。

したがつて、カバー、支持台等の構造が簡単であり、安価かつ放熱効果の良好なガスレーザ装置を得ることができる。

五、被告の答弁に対する反論

原告の主張する本願考案の作用効果は、明細書における「良好な発振」「長寿命」「機械的堅牢」等の記載を敷衍し、具体的に補充したにすぎないものであつて、明細書の記載と無縁なものではない。すなわち、

イオン衝撃の侵触に対して耐久性を有する点は、管を肉厚にすることができたため、レーザ管の内壁が大電力放電による高密度のイオン衝撃を受けても損傷が少ないという意味において「機械的堅牢」であり、したがつて、「長寿命」を保ちうる。クリーンアツプの少ないということは、封入ガスの量を多くすることができるから、相対的にガス圧の低下が少くなるということであり、かくて出力を長時間安定に持続できる点において「良好な発振」を行うことができ、僅かなガスの補給により作動を持続できる点において「長寿命」をもたらす。また、パウダリングは、使用温度が高温になることにより生じる現象であるが、これが甚しい場合には反射鏡やブルースタ窓の汚染により発振出力の低下をきたし、極端な場合には発指を停止させるおそれがある。してみれば、このような汚染が少ないことにより、「良好な発振」を保ち、かつ、「長寿命」なものとすることができる。

そして、これらの作用効果のうちイオン衝撃、クリーンアツプに関しては、原告が審判事件においてすでに主張しているところである。本件訴訟における審理の対象は、審決の当否に関するものであるから、審判の段階までになした本願考案の作用効果の主張を無視してこれを排除することは相当ではない。しかも、この作用効果は、前述のように明細書の記載を敷衍しこれを補充するものであつて、明細書の記載の釈明に該当するものである。

また、そもそも、明細書における構成の記載は、考案を客観的に表現したものであるから、これにより考案を特定し、その同一性の範囲を明確にすることができるものである。このように、構成によつて考案が特定されると、これによつて生じる作用効果の範囲もまた客観的に特定される。すなわち、考案の構成が同一であればこれに付随する作用効果も当然に同一になる筈である。しかしながら、明細書にはこのような作用効果のすべてが必ずしも記載される訳ではなく、これらの作用効果の中から考案者が主観的に選択して記載するものであるから、記載されなかつた作用効果を後に追加することは、元来考案の同一性を左右するものではない。したがつて、原告主張の作用効果が、仮りに明細書に記載されていないとしても、必要に応じこの作用効果を追加的に主張することは許されてしかるべきものである。

それ故、何れにしても、原告の主張が明細書の記載に基づかないものであるとする被告の主張は全く理由がない。<以下略>

理由

一原告主張の請求原因事実のうち、特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二そこで、以下原告の主張する審決の取消事由について検討する。

(一)  取消事由(一)について

<証拠>によれば、第二引用例には電子工業用材料として酸化ベリリウムは、高い電気絶縁性と熱伝導性とをあわせもつているために熱放散を必要とする分野に使われること、昨今は大電力化および小型化にともなう放熱の必要性が急増しているので、たとえば、パワーチユーブ、クライストロンチユーブ、カソード・ヒーター・シールド、パワートランジスター絶縁板、マイクロモジールウエフア、抵抗器芯などに使用される旨記載されていることが認められる。してみれば、そこに挙げられたパワーチユーブ、クライストロンチユーブなどは酸化ベリリウムが使用される電子機器ないし部品の例示にすぎないことが明らかであり、原告主張のごとく酸化ベリリウムが単にパワーチユーブ、クライストロンチユーブの絶縁材料として適することが記載されているにすぎないということはできない。

原告は、本願出願当時の技術水準としては、本願考案のごときガスレーザ放電装置の放電管部の材料として酸化ベリリウムを用いることは技術的に困難であるとされていた旨主張する。そして、

(1)  まず酸化ベリリウムの熱衝撃抵抗が小さい点を挙げている。<証拠>によれば、酸化ベリリウムは金属、石英ガラスなどに比較すると温度変化の激しい場合には熱衝激抵抗が著しく小さい事実をうかがうことができる。しかしながら、同号証によつてもそれがため酸化ベリリウムは放電管管体の材料として用いることが技術常識からいつて到底不可能と考えられていた事実は認めることができず、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。成立に争いのない甲第六号証の二には、セラミツクスは熱衝撃に弱いからバルク状のセラミツクスをレーザに利用しようとする研究においては、この難点を解決しなければならない旨の記載はあるが、酸化ベリリウムと熱衝撃抵抗との関係についての記載は見当らない。かえつて、同号証にはアルゴンレーザの放電に用いられたか、あるいは利用できるだろうセラミツク材料として酸化ベリリウムが挙げられていることを認めることができる。

(2)  つぎに原告は、酸化ベリリウムを含むセラミツク材料は気密性に欠ける点がある旨主張する。しかし、それだからといつて、セラミツク材料を内部にガスを封入するための管体として用いることが一般に不適当と考えられていたとまで認めるに足りる証拠はない。かえつて、<証拠>によれば、セラミツク材料をアルゴンレーザの放電に用いることが記載されているのであるから、出願当時セラミツク材料の気密性の問題が酸化ベリリウムを放電管管体に用いるという着想を阻害する程の障害となつていたとは考えられない。

(3)  さらに、原告は、レーザ放電管管体の材料として必要とされる条件として、放電アーク柱からの放射光に対し透明あるいは透光性を有することが必要と考えられていた旨主張する。

しかし、その理由とするところは、要するに放電管内の熱の放散をよくするために必要であるというのであるから、熱伝導度のよい物質であれば必ずしも透明あるいは透光性を有する必要はないはずである。本願考案が酸化ベリリウムの良好な熱伝導性に着目したものであることは成立に争いない甲第四号証の記載により明らかであるから、熱伝導性の良好な物質を放電管管体として使用する以上、透明あるいは透光性を欠く点は、放電管管体の材料としてそれ程障害となるものとは考えられない。

以上のように見てくれば、原告主張のごとく酸化ベリリウムをレーザ管として用いることが困難な事情にあつたということはできないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

(二)  取消事由(二)について

原告は、本願考案の有する顕著な作用効果として1から6までの作用効果を主張する。そこで、原告の主張するこれらの作用効果について検討する。

(1)  1の作用効果について

原告の主張する1の作用効果(レーザ出力の増大)は、その主張するところによれば、管を肉厚にできたこととパウダリングが少いことによるという。しかし、管の肉厚は材質の放熱効果の大小に依存するものである。また、パウダリングは使用温度が高温になることにより生ずる現象であることは原告もこれを認めるところであるから、このことも結局は、材質の熱伝導度の良否に帰することとなる。してみれば、原告主張のこの作用効果も、帰するところ酸化ベリリウムの放熱効果の大なることに基因するものといつて妨げない。それ故、この作用効果は酸化ベリリウムの熱伝導度の良好な特性より当然に生じる効果にすぎず、予測できる効果を超えた特段の作用効果であるとはいえない。

(2)  2の作用効果について

原告は、レーザ装置の寿命の長短は局部的に加熱されるという熱的な原因とイオンや電子の衝撃のための管壁の侵触の強弱によるものである旨主張する。しかし、前者の局部的加熱は材質の熱伝導性の良否に帰するところである。また、後者のイオン衝撃については、管を肉厚にすることによりレーザ管の内壁が大電力放電による高密度のイオン衝撃を受けてもこれに耐えることができることは原告も認めるところである。してみれば、イオン衝撃に対する耐久力の有無は管の厚さによることとなり、結局は、材質の熱伝導度の良否に帰することとなる。したがつて、原告の主張する2の作用効果も、前同様酸化ベリリウムの熱伝導度の良好な特性より当然に生じる効果にすぎないものといえよう。

(3)  3の作用効果について

原告は、本願考案のレーザ装置について、その長寿命を期待することができる理由としてクリーンアツプの減少を主張する。しかし、原告の主張するところによれば、クリーンアツプが減少する原因は、放電管内壁の温度の低下とこのため放電管内の封入ガスの量を相対的に多くすることができたことにあるというのである。してみれば、放電管管体に熱伝導度の良好な材質のものを用いれば冷却が充分になされ管内壁の温度の上昇を防ぎ封入ガスの量を多くすることができ、その結果クリーンアツプの減少を生じることは当然の結果というべきである。したがつて、原告の主張するこの作用効果も、帰するところ、酸化ベリリウムの熱伝導度の良好性に基因する当然の効果であるといわなければなない。

(4)  4の作用効果について

この効果も要するに、パウダリングもしくはイオン衝撃の減少によるものと解されるところ、すでに述べたとおり、このような効果は、酸化ベリリウムの熱伝導度の良好性に基因する当然の効果と認めるべきものである。

(5)  5の作用効果について

5の作用効果は、放電管体の外径を内径に比して大きくすることができたことによる効果であるが、このことは要するに、放電管管体を構成する酸化ベリリウムの熱伝導度の良好性に基因する当然の効果というべきである。

(6)  以上見たところによれば、原告の主張する1から5までの作用効果は、帰するところ放電管管体に熱伝導度の良好な材料(酸化ベリリウム)を用いることにより当然予測できるところといわなければならない。<証拠>によれば、審決は原告の主張するこれらの作用効果について、酸化ベリリウムを用いたことによつて生じる単なる作用効果の追認にすぎない旨判断しているものと解され、その判断は結局正当である。したがつて、これらの作用効果は、第二引用例の記載より予測しえない特段に顕著な作用効果であるとすることはできないから、その作用効果の顕著なことを前提に審決の違法を主張する原告の主張は採用しがたい。

(7)  そこで、最後に、原告の主張する6の作用効果について検討する。

<証拠>によれば、この作用効果は、本願明細書に記載されているとは認めがたく、また、明細書の記載内容より自明のものであるともいえない。かえつて、<証拠>によれば、この作用効果は、本願明細書に記載された本願考案の効果とは別個の効果であると認めるのが相当である。のみならず、<証拠>によれば、原告は、この作用効果について本訴の対象となつた審判事件においても何ら主張せず、審決においても何ら判断していない事実が認められる。本件訴訟における審理の対象は、審決の当否に関するものであるから、このように明細書に記載されず、審判請求事件においても主張・判断されていない作用効果を審決の取消訴訟において主張することは許されないものといわなければならない。

三よつて、審決には原告主張の違法はないから原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(古関敏正 杉本良吉 宇野栄一郎)

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